厳しい時代を乗り超え、こだわりの味を追求。
「おいしいお菓子屋さんがあるよ。」と知り合いの人に教えてもらい、さっそくその『瀬川菓子舗』を訪ねることにした。
福岡県鞍手郡宮田町、紅葉で赤や黄色に染まった山道を通り抜け、まっすぐに延びた一本道の脇にその店はあった。
この辺りを知らない人だと少し気付きにくい場所だが、その分、知っているとお菓子屋さんのツウになったようで、ちょっと得した気分になってしまう。
戦前『瀬川菓子舗』はお菓子の卸しとして開業された。しかし、次々に増えはじめる大型菓子メーカーの進出により、次第に経営が厳しくなり、それで小売専門に変えた。そして、高度成長期を迎える頃になると、お客さまは安さよりも味を求めるようになり、今度は味で勝負をしてみようと決意した。
現在三代目になる瀬川登さんとその息子隆司さんの二人で店を支えている。
『瀬川菓子舗』はもともと和菓子専門店なのだが、
「大量生産している大型菓子メーカーに負けないように、和菓子だけでなくおいしいケーキも作って、もっと若い人たちにもうちのお菓子を食べてもらいたい」
と登さんの提案で、洋菓子づくりも始めるようになったそうだ。今では、遠くは門司・小倉・久留米からもその噂を聞き付け、車で何時間もかけて『瀬川菓子舗』に買いにこられるお客さまがいるそうだ。
「初めの頃は、近くに菓子屋ができるたびに、売り上げもきびしくなってきました。が、それでも、ここだけでしか味わえない独自のおいしさを作り続けてさえいれば、お客さまはよそへは行かないんだと思えるようになりました」
と、こだわりの味を徹底的に追求している登さんの仕事に対する熱い姿勢がうかがえた。
おいしさの追求は果てしなく。
新しいお菓子を開発するには、よりよい材料探しから始まり、納得の味を見つけだすまでには、少なくとも2年から3年はかかる。そんなお菓子を店頭に出す時はやはり売れゆきが気になるそうだ。
「おかげさまで、新しい商品を出すとお客さまは喜んでその味を試してくれるので初めのうちはけっこう売れるんです。ですから、本当にお客さまに喜んでいただけたかどうかがわかるのはもう少し時間がたってからなんです。時間をかけて作り出した自慢の味ですから、お客さまにも気に入っていただければ、本当にうれしいですね」
何もしなくても情報が流れ込んでくる大型企業とは違い、個人経営では、流行の味や人気の材料などといった情報集めも大変だという。
「取引先のお店から、今はこの材料が人気だとか情報を集めたり、雑誌や本を読んで、常に情報のアンテナは敏感に動かしています。だけど、流行の味ばかりを追っていくのではなく、昔から永く親しまれているモナカなど、元祖の味も残しつつ、さらに深いおいしさを追求していこうというのが、今の私たちの課題なんです。」
夢は、店舗拡大ではなく、今の店をしっかりと残していくことだそう。さすが、こだわりの店という感じがした。
一生懸命な父の姿が、将来への自信につながった。
息子の隆司さんは最初一般企業への就職を希望していたそうだ。
「父は自分の代で店を終わらせてもいいという考えの人だったので、初めは家を継ぐことは考えていませんでした。だけど、就職活動を初めていろんな会社を見ていくたびに、自分は会社に入 って、人に指示されて仕事をするよりも、自分なりにできるお菓子づくりの方が向いていると思うようになったんです。経営的に一番厳しい時代も小さい頃から見てきていたので、後を継ぐことに全く迷いがなかったというわけではないんですけどね」
と隆司さん。きっと父・登さんの働く姿を見て、一生懸命味にこだわりを持ち続けていけば頑張っていけるだろうと確信したのだろう。
隆司さんは大学卒業後、広島の菓子店で2年と2ヵ月の修行を受けることになった。そこでは、洗い物から始まり菓子の包装、配達、菓子づくりまで、和菓子専門の知識を一通り勉強した。
その後、『瀬川菓子舗』で働くことになるのだが、初めのうちは修行で得た作り方と登さんの作り方に違いもあったため、少し戸惑うこともあったようだ。しかし、登さんは次々と隆司さんに和菓子づくりを任せてくれていったため、隆司さんは自分の作り方を見つけるのにあまり時間がかからなかったそうだ。
家族のチームワークが健康の秘けつ。
『瀬川菓子舗』の定休日は毎週日曜日と毎月13日。これまで二人はこの定休日と冠婚葬祭以外に休みをとったことがないそうだ。
「遠くから、わざわざ買いにきてくださる方がいらっしゃると思うとどうしても休むわけにはいかないでしょう。」
と登さん。二人は毎朝午前5時頃から支度に入り、夜8時頃まで、お菓子を作り続けている。隆司さんは登さんのことを
「普通60才を過ぎると一般企業では定年退職でしょ。うちのおやじにはその退職がないから、今でもこうやって働いているんです。そう思うと、はやく楽をさせてあげたいなとは思うんですけど、なかなか一人ではできないもんで」
と気付かう隆司さんに対し、登さんは「実はあまり健康に対して、特に気を使ったことはないんですよ。強いていえば、うちは家族でやってるので気持ちにゆとりがあるんですかね」
とまだまだ現役で働きつづけられることと家族のチームワークが健康の素と教えてくれた。
親子で同じ職場にいると、ぶつかりあうことも多いのではと思い隆司さんに尋ねてみると、
「よく聞かれるんですけど、ほとんどといっていいほど、うちでは口げんかとかもないんですよ。父はとても寛大な性格なので、僕が思ったことを言ったり、新しいことを提案しても、いつも心よく応援してくれるんです。本当に働きやすい環境にしてくれているので感謝しています」と強いチームワークとすばらしい仕事環境ができあがっているようだ。
菓子づくりに打ち込む情熱がそのままおいしさに移る。
最後に私たちは人気bPのキャロットとロールケーキをごちそうになった。キャロットはアーモンドがたっぷりと使われたスティック状の焼き菓子で、しっとりとした歯触りが新鮮でクッキー感覚で楽しめた。またロールケーキは、甘さ控えめなところも魅力的だが、私はなんと言っても普通のロールケーキと違う、スポンジの部分がシュークリームのきじで作られているところが忘れられない味になった。さすがにこだわっている味、人気の秘密が直接実感でき、うれしかった。
さらに、帰りには取材中ずっと焼いていたチーズケーキをお土産としていただいた。そのチーズケーキは雲のようにフワフワとしていて口の中で解けていくような感じの触感で、やさしいおいしさだった。
とても優しく、でも味には厳しく生きる登さんと、明るく前向きに新しい菓子づくりに挑戦し続ける隆司さんに出会い、地域の方に愛されているのはもちろん、ロコミで評判になるほどの人気は二人の生き方にも理由があったのだと、私は確信した。
これからもきっと遠くから、この瀬川さん親子の情熱と優しさが込められたお菓子を求めに、多くの人たちがやってくるのだろう。
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